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本編もさることながら、メイキングで泣きました。
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『アバター』について
第82回アカデミー賞でオスカーを手にしたのは、キャスリン・ビグロー監督の『ハート・ロッカー』であった。同等に有力視されていたのが、ジェームス・キャメロン監督の『アバター』。
3D映画として注目を集めていたけれど、獲れませんでしたね。
でも実は、私、ホッとしてました。

ジェームス・キャメロン監督の新作だし、3Dなんかにも興味があったので、公開してから比較的早く観に行きました。(以下、ネタバレします。注意!)


映画や他人の作品を批判することはあまり好きではありませんが、この作品だけは、期待しただけにハズレ感も一入でした。
確かに3Dや最先端CG技術はすごかったけど、ストーリーが、、、。。
『アバター』については、こちらを→『アバター』
これは、独自の感想です。行き過ぎもあるかもしれません、我慢して読んでみてください。


まず、世界観設定やキャラクター、物語の進行など、宮崎映画の『もののけ姫』を模しているとしか思えない。

・アバターの青い体の模様は「でいだらぼっち」を思わせる
・元々住んでいた者を人間が脅かしてしている(その戦い)
・森の真ん中に神が宿る核がある→それが壊される
・間に立つ人間が主人公となっている

などなど、数々の共通点がある。
でもそれがその人のルーツなのだし、既存の作品をお手本にしたり、模造することはさほど悪いことではないと私は思っている。

では、何が問題なのかというと、『もののけ姫』の一番大切なメッセージ「共に生きる」ということを全く無視した作品であるということ。

人間が未開拓地に乗り込んで土地を奪おうとする。ある人間が原住民に寝返って戦争し人間を殺し、勝つ。人間を追い払う。おわり。

人間が生きている以上は、『アバター』のような問題は場所を宇宙に移しても起こりうることかもしれない。かつて、白人がインディアンにしたように。あの時、インディアンが白人を皆殺しにして追い払ってめでたしめでたしなら、今アカデミー賞なんてないし、すべてが違っていただろう。しかし、歴史はそうでなかった。だからこそ、現代や未来のためのメッセージとして映画が必要なのではないだろうか。

宮崎監督はなぜ、自然を破壊して山の民を殺してタタラ場を治める長エボシを最後に殺さなかったのか。監督は、自然の大切さとタタラ場の素晴らしさも十分に描いた上で、エボシの片腕1本のみを奪うにとどまり、最後に「良い村にしよう。」と言わせる。それが監督のメッセージだ。

話は『アバター』から、すっかり『もののけ姫』へと移ってしまったが、最後に宮崎映画の資料より・・・。



―宮崎監督は漫画版『風の谷のナウシカ』のクライマックスで「いのちは闇の中にまたたく光だ」とナウシカに語らせている。
監督はいう。
「アメリカ映画に限らず、ヨーロッパから入ってくるファンタジーがありますが、光と闇が闘っていつも光が善なのです。悪い闇がのさばってくるのを、光の側の人間がそれを退治する。それと同じ考えが日本をむしばんでいると思います。」

ここでいう「闇」とは未開世界、人間の生存権外の自然である。前述のナウシカで語られている「闇」は、さらに広義に自然に則した人間生活全般をも指している。つまり、「光を際限なく拡大させる人間社会」と「闇に寄り添う人間社会」の違いである。

『もののけ姫』の物語の後、タタラ場に残ったアシタカはサンと話し合いながら木を伐り続け、動植物を殺して食べ、鉄を作り続けることになる。それは、あまりに困難な共生構造である。だが、破壊と殺戮の中にしか人間の存続はない。その人間としての業を実感しながら生きることは心に闇を持つことではないか。心を光で満たすことが人間中心主義の破壊生命倫理の崩壊につながるのならば、逆に心に闇を持つことが破壊の抑制と生命倫理の再生につながるのではないか。
重要なことは、人間と自然が互いに生かし生かされるという生命循環の思想、互いに生命権を主張しながら必死に生きるという共存の思想があるかどうかである。これが芽生えた時、破壊の闇の中にほんの一瞬、生命の共振現象が起き、共存の光が瞬くのではないだろうか。―

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